余談 その17 なぜ、エリは「私のことをもうクロって呼ばないで。」と言ったのか?
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*激しくネタバレしています。ご注意願います。
エリ(クロ)は多崎つくるが、本当は柚木(シロ)に惹かれていたにも関わらず、グループの調和を保つために、シロとクロを異性として意識しないように「二人を一組として考えるようにしていた」のを知っていました。つくるだけではありません。グループの調和を守るために、クロはつくるが好きなことを、アオはクロが好きなことを黙っていました。アカはホモセクシュアルでしたが、その頃はそのような感情を意識にものぼらせないようにしていたように思われます。
やはり、それは沙羅の指摘するように不自然なことだったのです。つくるが柚木を強く求めなかったことによって、つくるは柚木の問題に気が付くことができず、柚木を守ってやることができなかったのです。グループを守るために自分の恋愛感情に素直になれなかったことが、結局はグループの崩壊に繋がりました。
もちろん、グループのメンバーが自分の恋愛感情に素直になっていれば結局グループは解体していたかもしれませんが、それは自然に基づくものであり、小説世界で現実に起こったような暴力的な崩壊は迎えていなかったのだと思われます。
エリはそのこと(多崎つくるが、シロとクロを「二人を一組として考えるようにしていた」ことによって、柚木(シロ)を守ることができなかったということ)に直感的に気が付いたのだと思います。もっとも、この直感がどういった真相に繋がっているのかまでは、エリも気が付いていないのですが。
このため、エリは、シロ・クロという、つくるが「二人を一組として考えるようにするための」記号を拒否し、エリ、柚木(ユズ)という個人の名前を呼んで欲しいと言ったのです。
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余談 その16 嫉妬の夢の意味は?
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*激しくネタバレしています。ご注意願います。
一般的には嫉妬の感情は悪いものとされますが、この小説における「嫉妬」の感情は必ずしも悪い感情とは限りません。嫉妬の感情こそは、死の間際にいた多崎つくるを「生」の側に戻した、焼けつくような「生の感情」です。誰かを強く嫉妬するほど求めることによって、多崎つくるは「生の感情」を取り戻すことができたのです。
しかし、これでは中途半端です。彼はその嫉妬の感情を向ける先を明確に定めることができませんでした。嫉妬の感情を向ける先を明確にすることができて初めて、真相を求めようとする意思が生まれ、真実に至ることができたのです。
「強い西風」とは、シロ(白虎、西)の比喩(「4.名前の意味は?」参照)です。しかし、まだ多崎つくるはそのことに気が付きません。
青山で、沙羅と男の人が一緒に歩いているのを見たときに、彼が抱いたのは嫉妬の感情ではなく、ただの哀しみでした。これもまた、中途半端なのです。彼はもっと本当に沙羅を求め、激しく嫉妬すべきでした。この感情が真相を求める意思を生み、真実に至る道なのです。
しかし、つくるは最後にクロの忠告を無視し、沙羅に「男の人」について尋ねます。このことによってかろうじて、真相を求めようとする意思がつくるにあるとみなされ、沙羅によって真相への扉が開かれることになります。
◇ ◇ ◇
この小説の最後の「白樺の木立を抜ける風の音だけが残った。」の風とは何だろうかと考えていました。私はシロ(柚木)からの風の歌なのかと考えました。
関係ありませんが、(小説の)「風の歌を聴け」の「風の歌」って「直子の歌」って意味なのかな、とふと今思いました。
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余談 その15 なぜ、多崎つくる達の故郷は名古屋なのか?
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普通、作家が小説の舞台に「故郷」を設定する場合、自分の本当の故郷をモデルにすることが多いようです。村上春樹の故郷は芦屋(生まれたのは京都だそうですが)ですので、選択枝に芦屋もありえたでしょう。
しかし、この小説で故郷を芦屋にするのは無理です。余談その4 「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」はいつの年の話?でも示したように、多崎つくるが「追放」されたのは、1995年、阪神・淡路大震災の起こった年です。芦屋も大震災の影響を受けますので、芦屋を故郷としてしまうと大震災のことを書かないといけません。「大震災のことは今回の小説では明示的には書かない」というのがこの小説の方針だと思われますので、この小説では芦屋は故郷から除外されます。阪神・淡路大震災の影響を受けた他の地域も除外されます。
「現在」は2012年ですので、東日本大震災の影響を受けた地域も除外されます。
また、方向も大事です。多崎つくるにとって「失われた故郷」は「シロ」を指します。(余談 その14 『ル・マル・デュ・ペイ』とは何か?(リンク先http://sonhakuhu23.hatenablog.com/entry/2013/05/18/200434)参照)シロの色が意味する方向は、「白虎、西」です。(4.名前の意味は?(「多崎つくる」・・・②)参照)(左記では「方向」はあまり重要ではないと書きましたが、シロとクロの方向に関しては意味があるのかな、と思われます。)このため、東京にいる多崎つくるにとって、故郷は西にあります。
距離については、「失われた故郷」は「現在の多崎つくるがいる東京から距離的に日帰りで帰れないことはないが、心理的には遠い」程度の距離を想定していると考えられます。
神奈川・静岡は東京から距離的・心理的に近過ぎます。また、例えば滋賀・京都等でも日帰りで帰れないこともないでしょうが、ちょっと東京からは遠いと作者は考えたと思われます。新幹線から乗り継ぎしないといけない地域も除外です。上記の距離感でちょうどいい距離が名古屋だと考え、作者はつくる達の故郷を名古屋にしたのだと思います。
(補記1)シロは後に浜松に行きますが、浜松も東京から見て「西」です。(シロがなぜ浜松に行ったかについては(20.なぜ、シロは浜松へ行った?(「多崎つくる」・・・⑩)参照)
(補記2)なぜ、クロは「フィンランド」へ行った?
クロの色の意味する方向は「玄武、北」です。色の意味からいうと、クロの逃げる方向は「北」ですが、逃げたとしてもシロのことを忘れることはできません。日本からみて、フィンランドは「北西」にあります。シロの方向である「西」とクロの方向である「北」の間の「北西」の方向にクロは向かったのだと思われます。(ちょっと苦しい?)
(平成25年5月20日追記)(多崎つくるがクロを訪ねてフィンランドのヘルシンキに行った時、クロと家族はヘルシンキから更に「北西」のハメーンリンナに行っていました。)
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余談 その14 「ル・マル・デュ・ペイ」とは何か?
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*激しくネタバレしています。ご注意願います。
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シロ(白根柚木)の比喩です。多崎つくるにとって、シロは「田園が人の心に呼び起こす理由のない哀しみ。ホームシック、あるいはメランコリー。」を感じさせる存在です。ここでいう「田園」とは「故郷」のことです。多崎つくるにとって、シロは「(失われた)故郷」そのものなのです。
沙羅が名古屋を「ロストワールド」に例えていて、名古屋人のあいだで物議をかもしているらしいですが、名古屋がロストワールドだということではなくて、多崎つくるにとって名古屋(故郷)は「ロストワールド(失われた世界)」だという比喩です。
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余談 その13 なぜ、多崎つくるは仲間から絶交されたときに、すぐに真相を明らかにしようとしなかったのか?
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*激しくネタバレしています。ご注意願います。(「ノルウェイの森」への言及があります。)
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この小説の読者の感想を見ると「なぜ、多崎つくるは仲間から絶交されたときに、すぐに真相を明らかにしようとしないんだ。アホかいな。」というものがあります。
これは、つくる君は作者の舞台設定の犠牲者なのです。よく、ギリシャ神話等で登場人物が「何であんな馬鹿げた行為をするんだ」という行動をすることがあります。それと同じです。そういう舞台設定なのです。
村上春樹はこの小説を書く際に、大きな変更できないプロットを考えていたと思われます。それは以下です。
「『悪霊』のとりついた女の子に傷付けられ被害者となった主人公は、長い年月と巡礼の末、彼女もまた被害者だったことを理解し、彼女を赦す」
「悪霊」のとりついた女の子のプロトモデルは「ノルウェイの森」のレイコさんを破滅させた女の子です。(3.この小説のテーマは?(「多崎つくる」・・・②)参照)
さて、ここで困ったことが起こります。読者も錯覚しているかも知れませんが、レイコさんは別に精神的に弱かったから、彼女によって破滅させられた訳ではありません。あんな事をされたら、ほとんどの人は社会的に間違いなく破滅です。冤罪で逮捕されて刑務所行きの可能性も高い。うまく切り抜けて濡れ衣を晴らす人もいるかもしれませんが、これはこれで全く別のストーリーになってしまいます。
主人公が社会的に破滅させられてしまった場合、たとえその後時間が経ち真実を知ったとしても主人公が、彼女を「赦す」ことができるのか?村上春樹は、これは無理なのではないだろうかと考えたのでしょう。それ以前に、破滅させられた主人公が自殺する可能性すらあります。
かといって全く被害にあわなければ、主人公が「悪霊」のとりついた人間を「赦す」ことはできません。全く関係ない赤の他人が「はいはーい、私はあなたを赦しますよ。」という訳にはいかないのです。赦すことができるのは被害者だけです。ということで、主人公は破滅しない程度に被害にあって深く傷付かなくてはいけない。このさじ加減が難しい。
また、仲間に絶交されたときに主人公がすぐに真実を明らかにしようとして、真実が明らかになった場合、どうしても主人公は「悪霊」のとりついた女の子と直接対決せずにはいられなくなるでしょう。(レイコさんみたいに対決せず、自殺しようとする展開もありえますが。)その場合やはり、主人公が「悪霊」に破滅させられるか、濡れ衣を晴らすために戦うという全く別のストーリーになってしまいます。小説が始まった瞬間にカタストロフが起こってしまっては小説になりません。主人公には真実を長い間知らないでもらわないといけません。
このように最初のプロットを貫くためには「主人公が破滅しない程度に被害にあい、深く傷付く」「主人公が長い間真実を知らない」の2つの条件をクリアする必要があったのです。ただ、こうした舞台設定を重視することによって、主人公の本来自然と思われる行動を変えてしまうのを批判する方もいるかと思われます。しかし、村上春樹の作品は、「ギリシャ神話」的なものです。小説内の登場人物は定められた運命があり、自分で自由な意思で行動しているつもりでも、神(小説内では作者という名の神)によってその行動のいくつかは運命づけられているものなのです。
また、かつての真実を知ろうとしない多崎つくるの行動は、本当に不自然でしょうか?
現実世界の我々も、自分にとって不都合になるかもしれない真実を、見て見ない振りをしていることの方が多いのではないでしょうか。つくる以外のグループのメンバーも結局シロの問題に気が付くことができず、守ってやることができず、そして彼女から離れていきます。しかし、これもまた「『悪霊』のとりついた人間」に対する普通の人間の反応なのです。それが、かつての親友であったとしても。
この小説には主人公である多崎つくるを含め、「ヒーロー」や「名探偵」は登場しません。「普通」の現実的な弱い人間が描かれているのです。
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余談 その12 この小説の「現在」は、何日から始まるのか?
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*激しくネタバレしています。ご注意願います。(また、本編の推理を前提としていますので、このblogの本編をご覧になられていないとわかりにくいかもしれません。)
今回は予定を変えて、「この小説の『現在』は、いつから始まるのか?」を検討します。恵比寿のバーでの多崎つくると沙羅の会話から、この小説の「現在」の話は始まります。この恵比寿のバーの会話はいつなのでしょうか?
このblogでは「余談 その4 『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』はいつの年の話?」で示したように、「現在」は2012年説をとっています。2012年で考えてみます。
恵比寿のバーで会話した日の5日後、多崎つくるは沙羅にメールをします。沙羅は2日後日本に戻るので、その翌日の土曜日に会えると言っています。だから、恵比寿のバーの日は逆算すると8日前になるので金曜日になります。(その5日後、銀座でつくるは沙羅から4人の情報を聞きます。)
2012年で5月の金曜日は、4、11、18、25日ですが、18、25日は除外です。5月の終わりに多崎つくるはアオとアカの巡礼に行くのに、18日、25日ではスケジュール的に6月になってしまいます。(恵比寿のバーの日から、銀座で4人の情報を聞くまで13日かかっています。)
残る日は、4日か11日ですが、私は5月11日だと思います。
5月11日は、シロ(白根柚木)が殺された日(5月12日)の前日です。シロの命日の前日であるこの日に、何か思い出すことがないかと多崎つくるに沙羅は聞いてみたかったことでしょう。ところが、つくるは思い出すどころか、事件の真相も、シロが殺されたことすら知りません。しかも真相を知ろうとすらしないのです。沙羅にとっては、つくるのこの態度はけっこうきつかったでしょう。「そういう気持ちになれない」のは当たり前です。
翌日の5月12日、おそらく沙羅は名古屋に戻ります。柚木の7回忌と墓参があります。
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余談 その11 恵比寿のバーで別れた後の、2人の「それぞれの考え」とは?
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16年前にグループから絶交されたことを沙羅に打ち明け、恵比寿のバーを出た後、多崎つくるはあらためて沙羅を食事に誘い、また、うちに誘います。しかし、沙羅は「そういう気持ちになれない」と言って帰ってしまいます。それぞれの考えに耽りながらそれぞれの住まいに2人は帰ります。
では、この2人の「それぞれの考え」とは一体何だったのでしょう?
まず、沙羅ですが、もともと沙羅は目的があって多崎つくるに近づいています。(24.沙羅はなぜ、多崎つくるに近づいたのか?参照。ただし、初めて左記エントリーをご覧になられる方は、このエントリーだけ読んでも意味がよくわからないと思いますので、15.シロを殺した犯人は誰か?から順番にご覧いただければと思います。)
しかし、多崎つくるは事件の真相について何も知らず、しかも自ら真相を探る気はないなどと言っています。彼が自ら真相を探って、事件の真実を知るように仕向けるには何か作戦を考えなくてはいけません。彼女は、これから作戦を考える時間が必要だったのです(この考えた末の作戦が、「巡礼計画」になります)。
これに対して、多崎つくるが考えていたのは、「もう、彼女と会うことはないのかもしれないな。」ということです。だって、沙羅の別れ際の態度は、彼がいきなり重い話をしたので、彼女がドン引きして「この彼、なんか『変』。もう、付き合うのをやめよう・・・。」と思っているような態度にしか見えません。その後取り繕うように「また、誘ってくれる?」というのもなんか典型的な「社交辞令」ですよねー。その後、何度誘っても「その日は忙しいの。」と断られ続け、「あー、やっぱり振られたのか。」と気が付くパターンです。多崎つくるにしてみれば「あちゃー、やっちまった。余計な話をしちまった。」と思ったことでしょう。
いや、実際例えば下記のような投稿が「発言小町」とかにされたらどうなることでしょう。
「こんにちは、さらと申します。現在付き合っている彼についての相談です。4回目のデートのとき、彼がいきなり重い話をしました。『実は、自分には故郷に4人の親友がいたのだが、16年前いきなり何の理由も告げられず絶交されてしまった。』と言っています。私は、びっくりして『その理由を知りたいと思わなかったの?』と聞いたら、『真相がどのようなものであれ、それが僕の救いになるとは思えなかった。どうしてかはわからないけど、そういう確信のようなものがあったんだ』などとわけのわからないことを言っています。このような彼、どう思いますか?」
これに対して以下のような投稿が殺到するでしょう。
「その彼、絶対に変です。16年間も絶交された真相を知ろうとしないなんて有り得ない!」「私も、その彼は変だと思います。私の想像なのですが、彼は、実は絶交された理由を知っていて、その理由が自分に都合の悪いものなので、理由は知らないとごまかしているだけなんじゃないでしょうか?」「親友4人にいきなり絶交されて、理由が思いつかないなんて、彼は根本的な問題があるのではないでしょうか。」
「こんにちは。さらです。では、なぜ彼はこんな話を私にしたのでしょうか?自分にとって都合の悪い話なら、わざわざしなければいいのに・・・。」
「それは、このままお付き合いを続けたら、やがて親友4人から絶交されたことや、それにまつわる悪い噂があなたの耳に入ってしまうかもしれないと思ったのではないでしょうか?悪い噂があなたの耳に入る前に、彼は先回りしてあなたに話をした方がいいと思ったのでしょう。」
という展開になって、あとは「その彼、変」「別れろ」「別れろ」の大合唱になること間違いなしです。
「なぜ、多崎つくるは仲間から絶交されたときに、すぐに真相を明らかにしようとしなかったのか?」についての検討は下記をご覧ください。
(リンク先http://sonhakuhu23.hatenablog.com/entry/2013/05/18/085932)
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