「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」は推理小説である。(感想・考察・謎解き)  (ネタバレあり)

「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」(村上春樹)の謎解き。事件の真相・犯人を推理し、特定します。

「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」は推理小説である。⑫

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*激しくネタバレしています。ご注意願います。

 

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 23.なぜ、シロへの巡礼がない? 

 追補.シロへの巡礼はあった?平成25430日掲載)(5月2日追記)

 24.沙羅はなぜ、多崎つくるに近づいたのか? 

 25.二人の結末は?①

 

 23.なぜ、シロへの巡礼がない?

 この多崎つくるの巡礼がアオ、アカ、クロと続きシロへの巡礼がないことに違和感を持った方も多いのではないでしょうか?いや死者とは邂逅できないだろ、ということはありません(死者との邂逅は村上春樹の真骨頂です)。浜松のマンションへ行ってみたり、シロのお墓へ行ったり、シロの実家を訪問してみたら、出されなかった多崎つくるあての手紙を発見したりとかいろいろ描写できるはずですし、むしろ彼の巡礼を締めくくる重要なエピソードになるはずです。

 シロへの巡礼のエピソードがないのは意図的なものです。シロへの巡礼はこれから始まるのです。これから多崎つくるは、シロの姉である木元沙羅(21.沙羅は何者?参照)と会い、「真相」の告白(24.参照)を受けるはずです。しかし、この重要なエピソードは小説には掲載されていません。

 

追補.シロへの巡礼はあった?平成25430日掲載)(5月2日追記)

 シロへの巡礼について、当初エントリーを書いた時の結論は上記(23.なぜ、シロへの巡礼がない?)でしたが、これは自分で書きながらちょっと違和感がありました。なぜなら、アオ・アカ・シロ・クロの色の意味は、四神獣(4.名前の意味は?参照)の意味だけではなく、四季も意味しているからです。

すなわち、

①春(青春、アオ)→②夏(朱夏、アカ)→③秋(白秋、シロ)

→④冬(玄冬、クロ)

の順番です。

 巡礼は、当初はこの順番どおり①アオ、②アカと続いた後、③のシロを飛ばして、④クロへの巡礼となったようにみえます。④クロの後、戻って③シロへの巡礼というのが、この前の私の結論でしたが、四季の順番を村上春樹が重視しているとしたらこの順番はおかしい訳です。

 それで小説を読み直して考えてみたのですが、実は②アカと④クロへの巡礼の間に、③シロへの巡礼はあったのです。

 シロへの巡礼は、多崎つくるがアカへの巡礼を終え、クロへの巡礼に行く前に青山でありました。このとき、多崎つくるは、シロの姉である木元沙羅(21.沙羅は何者?参照)(沙羅双樹の花の色は白で彼女もシロ)と、真犯人である、柚木と沙羅の父親(15.シロを殺した犯人は誰?参照)(彼の名字は白根、彼もシロ)が一緒に歩いているところ(22.沙羅と一緒に歩いていた男性は誰?参照)見ることにより、真犯人との邂逅(といっても、多崎つくるは彼が真犯人であることはおろか、誰であるかもわかっていませんが)をします。まあ、邂逅といってもすれ違っただけですが。この時の邂逅そのものが「シロ」への巡礼だった訳です。しかし、多崎つくるは、これがシロへの巡礼であったことに気が付きませんでした。(私も、はじめは気が付きませんでしたが。)

(平成25年5月2日追記) 

 2点補足します。

 第1に、上記の追補.の考察が正しいとすると、小説が終わった後になされると思われる沙羅の告白は、「シロへの巡礼」ではなかったことになりますが、これは沙羅の告白がなくなるという意味ではありません。小説内に明記されている以上、水曜日に沙羅の告白はなされるのです。(沙羅の告白の内容については次項(24.沙羅はなぜ、多崎つくるに近づいたのか?)をご覧ください。)

 第2に、なぜ、巡礼の順番について村上春樹はこんなわかりにくい仕掛けをしたのかということです。

その理由は、村上春樹は、青山での沙羅及び一緒にいた男性との邂逅が、実は「シロへの巡礼」であることを四季の順番により示唆することによって、沙羅と一緒にいた男性が「シロ」であることを暗示しようとしたからです。もちろんシロというのは、容疑者のシロ・クロという意味ではありませんよ。「白根さん」の「シロ」であることを示すことによって、彼が柚木・沙羅の父親であることを暗示したのです。

シロへの巡礼とは「沙羅」へのみであって「男性」は関係ないのでは?ということはもちろんありえません。沙羅とは、今回の巡礼の始まり以前から今年は何度も会っている訳ですから、「アカとクロの間の時期に」沙羅(単体)への巡礼が行われたという解釈は無理かと思われます。当然、今年何度も会っている沙羅よりも、この時に初めて、ではなく久しぶり(おそらく16年ぶり)に会った「男性」の方が「シロへの巡礼」のメインになるのです。

 推理小説なのですから、犯人につながる重要な手がかりは、文章中に示されているにも関わらず、分かりにくく、本来の意味は隠され、ともすれば見落としてしまうものでなくてはいけません。村上春樹は四季の順番に従って行われるはずの巡礼の順番の中に、密かに犯人につながる重要な手がかりを隠しておいたのです。

 

 24.沙羅はなぜ、多崎つくるに近づいたのか?

 沙羅が多崎つくるに近づいたのは偶然ではなく意図的なものです。なぜ近づいたのか?彼女は事件の真相をおそらく知っています。「真相」とは、「シロが実の父親からレイプされ、そして殺されたこと。そして彼女はそれを感づいているにも関わらず黙っていること。そして、その父親と性的関係にあること。」です。この罪は大きすぎて、これからこの罪を一人で抱えて人生を生きていくには重過ぎます。誰かに「断罪」してもらわなければ生きていけません。多分沙羅はつくるに赦してもらいたいとは思っていません。ただ、つくるに真相を告白し、彼の断罪を受けたいと思ったのです。

 なぜ、断罪するのが「多崎つくる」なのか?もちろん、断罪するのは事情を知っている者でなくてはいけません。しかし、他のメンバー3人はむしろ事実の隠蔽に協力した「共犯」でしかありません。彼女を断罪できるのは純粋な被害者、多崎つくる君しかいないのです。

 しかし、せっかく多崎つくる君に近づいたのに、彼が実際にはほとんど事情を知らなかったのに彼女はびっくりします。これではいけません。彼に断罪してもらうには事情を知ってもらう必要があります。そして、3人への巡礼の旅を彼女はお膳立てします。彼女が彼ら3人に個人的興味があるのは当たり前です。全然関係ないけど335ページで沙羅はクロのことを「彼女は良い子でしょう?」などと言っています。もはや隠す気もねー(平成25年5月8日削除。コメントの指摘通り、このセリフはオルガを指してますね。)

 (平成25年5月18日追記)(冒頭の恵比寿のバーで沙羅と多崎つくるが会ったとき、つくるは「できることなら、そんな記憶は消し去ってしまいたかった。」のに、「でも沙羅はなぜかつくるの高校時代の話を聞きたがっ」ています。)

 

 25.二人の結末は?①

 多崎つくるはクロの忠告を破り、あえて沙羅に男の人の話題をだします。(直接的には言っていませんが同じことです。)この忠告を破った結果は当然沙羅との関係の破局をもたらすことを暗示します。ただ、どちらにしても沙羅の「真相」の告白を受けたら、それを多崎つくるがどう受け止めるのか。どちらにしても深く絶望し、精神的に本当に死んでしまうような可能性のある重い告白です。ただ、彼女が「告白」の日取りを決めたのもつくるに「男の人」の話を出されたからです。これがなければ告白の日は引き延ばされ、結果的に告白はされなかったかもしれません。(次項(26.)参照)

しかし、私はクロの忠告を守らなかった、つくるの判断は今回正しかったと思います。

仮に多崎つくるがクロの忠告に従い「男の人」の話をしなかったとしましょう。次の項でそのシミュレーションをしてみます。

 

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