「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」は推理小説である。(感想・考察・謎解き)  (ネタバレあり)

「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」(村上春樹)の謎解き。事件の真相・犯人を推理し、特定します。

余談 その13 なぜ、多崎つくるは仲間から絶交されたときに、すぐに真相を明らかにしようとしなかったのか?

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*激しくネタバレしています。ご注意願います。(「ノルウェイの森」への言及があります。)

 

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 この小説の読者の感想を見ると「なぜ、多崎つくるは仲間から絶交されたときに、すぐに真相を明らかにしようとしないんだ。アホかいな。」というものがあります。

 これは、つくる君は作者の舞台設定の犠牲者なのです。よく、ギリシャ神話等で登場人物が「何であんな馬鹿げた行為をするんだ」という行動をすることがあります。それと同じです。そういう舞台設定なのです。 

 村上春樹はこの小説を書く際に、大きな変更できないプロットを考えていたと思われます。それは以下です。 

「『悪霊』のとりついた女の子に傷付けられ被害者となった主人公は、長い年月と巡礼の末、彼女もまた被害者だったことを理解し、彼女を赦す」 

 「悪霊」のとりついた女の子のプロトモデルは「ノルウェイの森」のレイコさんを破滅させた女の子です。(3.この小説のテーマは?(「多崎つくる」・・・②参照)

 さて、ここで困ったことが起こります。読者も錯覚しているかも知れませんが、レイコさんは別に精神的に弱かったから、彼女によって破滅させられた訳ではありません。あんな事をされたら、ほとんどの人は社会的に間違いなく破滅です。冤罪で逮捕されて刑務所行きの可能性も高い。うまく切り抜けて濡れ衣を晴らす人もいるかもしれませんが、これはこれで全く別のストーリーになってしまいます。

 主人公が社会的に破滅させられてしまった場合、たとえその後時間が経ち真実を知ったとしても主人公が、彼女を「赦す」ことができるのか?村上春樹は、これは無理なのではないだろうかと考えたのでしょう。それ以前に、破滅させられた主人公が自殺する可能性すらあります。

 かといって全く被害にあわなければ、主人公が「悪霊」のとりついた人間を「赦す」ことはできません。全く関係ない赤の他人が「はいはーい、私はあなたを赦しますよ。」という訳にはいかないのです。赦すことができるのは被害者だけです。ということで、主人公は破滅しない程度に被害にあって深く傷付かなくてはいけない。このさじ加減が難しい。 

 また、仲間に絶交されたときに主人公がすぐに真実を明らかにしようとして、真実が明らかになった場合、どうしても主人公は「悪霊」のとりついた女の子と直接対決せずにはいられなくなるでしょう。(レイコさんみたいに対決せず、自殺しようとする展開もありえますが。)その場合やはり、主人公が「悪霊」に破滅させられるか、濡れ衣を晴らすために戦うという全く別のストーリーになってしまいます。小説が始まった瞬間にカタストロフが起こってしまっては小説になりません。主人公には真実を長い間知らないでもらわないといけません。 

 このように最初のプロットを貫くためには「主人公が破滅しない程度に被害にあい、深く傷付く」「主人公が長い間真実を知らない」の2つの条件をクリアする必要があったのです。ただ、こうした舞台設定を重視することによって、主人公の本来自然と思われる行動を変えてしまうのを批判する方もいるかと思われます。しかし、村上春樹の作品は、「ギリシャ神話」的なものです。小説内の登場人物は定められた運命があり、自分で自由な意思で行動しているつもりでも、神(小説内では作者という名の神)によってその行動のいくつかは運命づけられているものなのです。 

 また、かつての真実を知ろうとしない多崎つくるの行動は、本当に不自然でしょうか?

 現実世界の我々も、自分にとって不都合になるかもしれない真実を、見て見ない振りをしていることの方が多いのではないでしょうか。つくる以外のグループのメンバーも結局シロの問題に気が付くことができず、守ってやることができず、そして彼女から離れていきます。しかし、これもまた「『悪霊』のとりついた人間」に対する普通の人間の反応なのです。それが、かつての親友であったとしても。

 この小説には主人公である多崎つくるを含め、「ヒーロー」や「名探偵」は登場しません。「普通」の現実的な弱い人間が描かれているのです。

 

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