「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」は推理小説である。(感想・考察・謎解き)  (ネタバレあり)

「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」(村上春樹)の謎解き。事件の真相・犯人を推理し、特定します。

余談 その22 ポール・オースター「幽霊たち」を読む(ネタバレあり)

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*激しくネタバレしています。ご注意願います。ポール・オースター「幽霊たち」へのネタバレを含む言及があります。


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 だいぶ前になりますが、毎日新聞(2013421日 東京朝刊)(参照したのはWeb版)に鴻巣友季子氏の「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」の書評が掲載されています。この書評の中で、

「主人公を除き姓に色が入っており、アカ、アオ、シロ、クロと呼ばれるが、ミスター・ブルー、ミス・ホワイトなどとも書かれ、村上もよく知る米作家ポール・オースターの『幽霊たち』を即(ただ)ちに想起させる。二人連れで街を歩く恋人を目撃する場面など、下敷きにした部分もあるかもしれない。」

と、ポール・オースター「幽霊たち」との関連性を指摘する記述がありましたので、ちょっと興味がわいてポール・オースター「幽霊たち」(新潮文庫)を読んでみました。ポール・オースターの作品を読むのは、はじめてです。

 

「色彩を失った多崎つくると、彼の巡礼の年(以下「多崎つくる」)」との共通項は、もちろん姓に色がついているところです。また、ミステリー小説としても読める部分が似ているでしょうか。話の本筋には関連性はありません。しかし、村上春樹氏がこの作品を意識しているのは間違いなく、いくつか「多崎つくる」のヒントあるいはミスリードになっている記述があります。これは以下の点です。(ここから、「幽霊たち」のネタバレになりますので、ご注意願います。)

 

 第1に、ミスター・グレイとミスター・グリーンが同一人物であったというエピソードがあります。これは、灰田と緑川が同一人物であるという暗示になります。もっとも私の仮説では、これはミスリードの1つになりますが。(余談 その7 この小説の構造は?②~緑川の話、灰田、「オカルト」の扉)参照)

 

 第2に、引退した検屍官ゴールドが、25年前に少年が殺された事件を追っている雑誌記事があります。主人公のブルー(探偵)はこの雑誌記事を見ただけで、犯人は(ネタバレ反転)少年の親であることに思い当たります。「多崎つくる」の事件の犯人も(ネタバレ反転)シロの父親です。(もちろん、私の推理が正しければ、ですが。)

 

 第3に鴻巣友季子氏が指摘しているように、恋人が他の男の人と一緒に歩いているのを主人公が目撃するシーンがあります。このシーンで主人公が彼女に声を掛けたため、彼は彼女と破局します。

 多崎つくるは、沙羅が男の人と一緒にいるのを見かけたときに声は掛けませんでしたが、後にクロの忠告を無視して、男の人の話を沙羅にします。これは多崎つくると沙羅が破局することを暗示しています、という解釈もできますが、「幽霊たち」の話の本筋を考えると、そう単純な話なのかなと思います。まあ、「多崎つくる」と「幽霊たち」の話の本筋は関係がないので、話の筋は関係ないということかもしれませんが。

 

 さて、「幽霊たち」ですが、これはかなり謎めいた話です。

 私立探偵のブルーのもとに、ホワイトと名乗る男がやってきて、ブラックという男を監視してほしいという依頼をします。ホワイトは明らかに変装していて、ブルーはうさんくさく思いますが依頼を引き受けます。そこから、奇妙な話がはじまります。

 

 この小説をどのように解釈したらよいのでしょうか。以下に私の解釈を述べます。

(「幽霊たち」の核心的なネタバレになります。ご注意願います。)(下にスクロール願います。)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まず、ブラック=ホワイトであることはガチです。これは謎ではありません。小説を読めば自然とわかります。問題は、ブラック=ホワイト=ブルーであるかです。そのように読めなくもありません。しかし、私はブラック=ホワイトとブルーは別人物であると考えます。理由は以下のとおりです。

 

 第1に、それでは単純に話がつまらないからです。ブラック=ホワイト=ブルーだとすると、全てブラックの自作自演の茶番劇となるか、ブルーの幻覚だったということになります。幻覚オチでは小説として最悪です。

 

 第2に、小説の最初にブルーに仕事を教えたブラウンの説明があります。(「そもそものはじまりの前にはブラウンがいる。」)ほとんど出番のない(手紙でしか出てこない)ブラウンが登場することに一体何の意味があったのか?これは、ブルーという人物はブラックの幻想とかではなく、現実世界に存在する人物であることを証明するためです。このために、ブラウンという彼の師匠を出し、手紙も出したのだと思われます。

 

 ということで、ブラック=ホワイト(以下、単にブラックとします)とブルーは別人物であることを前提に解釈を進めます。

 

1.タイトルの「幽霊たち」とは作家のことです。文中に以下の会話があります。

「書くというのは孤独な作業だ。それは生活をおおいつくしてしまう。ある意味で、作家には自分の人生がないとも言える。そこにいるときでも、本当はそこにいないんだ。」「また幽霊ですね。」「その通り。」

 

2.作家であるブラックは、自分を主人公とする小説を書くことを考えます。しかし、自分のことは客観的に見ることが出来ません。そのため、探偵を雇って自分を監視してもらい、その監視の記録の報告書を送るように依頼し、その報告書をもとに小説を書くことを思いつきます。

しかし、自分を監視してほしいなどという依頼はうさんくさすぎて探偵は引き受けないかもしれません。このため、探偵のブルーに依頼をするときに、ブラックは変装してホワイトと名乗ります。そしてブラックの監視を依頼します。ブルーはホワイトが変装していることに気が付き、うさんくさく思いながらも依頼を引き受けます。

 

3.ここから、話がどんどん奇妙になっていきます。現実世界に小説世界が侵食してくるのです。やがて、ブラックもブルーも小説世界に閉じ込められることになります。

 

4.仕事でブラックを尾行したブルーはレストランで、ブラックが女性と(おそらく)別れ話をして、別れるところを目撃します。これは、ブラックが女性と別れることで、現実世界とのつながりを断ち、自らを小説世界に閉じ込めたことを示します。

 

5.数ヶ月後、ブラックの監視をさぼりマンハッタンへ行ったブルーは、恋人の「未来のミセス・ブルー」が男と一緒に歩いているのを目撃し、声をかけます。

このときの状況に至るまでの、経過を説明します。

ブルーがブラックの監視の仕事を引き受けた後、ブルーは未来のミセス・ブルーに連絡しますが、その後一切の連絡を断ち音信不通になります。仕事を引き受けた後、ブルーはブラックの近くのアパートに住み込んでいるので、自宅に行ってもいつも留守。待てど暮らせどブルーからの連絡はきません。そして、数ヶ月がたちます。彼女は、ブルーが事件に巻き込まれ死んだのではないか(ホーソーンの小説が暗示します。もっともブルーにはホーソーンの小説の幸せな結末は得られませんが。)、あるいは彼女を捨て、他の女と一緒に失踪したのではないか(ロバート・ミッチャムの映画が暗示します)と考えます。やがて彼女は、ブルーは死んだか、失踪したものと彼をあきらめます。そして、新しい恋人ができてマンハッタンに行ったら、元気なブルーがのこのこと現れて、彼女に声をかけたのです。

彼は死んだのではないかと彼女が思っていたところへ、ブルーは元気な姿で現れました。とするならば、もう1つの可能性、ブルーは彼女を捨て、他の女と一緒に失踪していたのに決まっている、と彼女は思います。彼女の視点からは、自分がブルーを裏切ったのではなく、ブルーが彼女を裏切ったのです。どの面下げて今更彼女の前に姿を現したのでしょう。彼女がブチ切れるのも当然です。

ブラックの監視の仕事を引き受けている間に、徐々にブルーは小説世界に取り込まれていったのです。そのため、現実世界の象徴である彼女と連絡がとれなくなっていたのです。(連絡をとる意思が欠如していったのです。)この間、ブルーは1度だけ彼女に電話をかけますが不幸にもつながりませんでした。思えばこれが最後のチャンスだったのでした。

未来のミセス・ブルーと破局したことによりブルーは現実世界とのつながりを断ち切られ、完全に小説世界に閉じ込められることになります。

 

自分が奇妙な状況に巻き込まれている、という自覚があるブルーは、この状況を打破すべく捜査を開始します。まず郵便局を見張り、報告書を取りに来る男を捕まえようとします。次に物乞いに変装し、あるいは保険の外交員のふりをしてブラックと接触します。この捜査を通じて、ブラック=ホワイトではないかとブルーは推理します。

 

7.自分の推理を裏付けるために、ブラシのセールスマンに変装して下見をした後、ブルーはブラックの留守にブラックの家に忍び込みます。そして、ブラック=ホワイトである証拠(彼がホワイトに送った報告書の束)を入手します。

 

8.忍び込んで真実を知った後、虚脱状態が続きますがその後、ブルーはブラックの元を訪れます。話し合うために。しかし、ブラックは拳銃を手に持って彼を出迎えます。ここで、ブラックがブルーを撃って殺してしまえば、ブルーは死に、完全に小説世界へ閉じ込められておしまいです。しかし、ブルーは彼の拳銃を叩き落とし、ブラックを叩きのめします。ブラックがその結果、死んだか生きているかはどうでもいいです。所詮、小説世界の話でしかありません。

 

9.ブルーはブラックの書いた原稿を読みます。そして全て(自分がブラックの小説世界に閉じ込められていたことを)を理解します。書かれている内容はもちろん、我々が読んでいる「幽霊たち」です。

 

10.そして、ブルーは小説世界から現実世界へ脱出します。その後ブルーがどこへ行ったかは重要ではありません。彼が現実世界へ脱出したことが重要なのです。

 

 この小説のテーマは「気が付く」ことと、「行動する」ことです。ブルーは、自分が奇妙な状況に巻き込まれていることに「気が付き」、そして、状況を打開すべく「行動」します。そのことによって、彼は、自分が小説世界に閉じ込められていることを理解し、現実世界へ脱出することに成功します。

 

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