「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」は推理小説である。(感想・考察・謎解き)  (ネタバレあり)

「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」(村上春樹)の謎解き。事件の真相・犯人を推理し、特定します。

「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」は推理小説である。⑬

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*激しくネタバレしています。ご注意願います。

 

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26.二人の結末は?②~クロの忠告を守ったときのシミュレーション

27.二人の結末は?③

 

26.二人の結末は?②~クロの忠告を守ったときのシミュレーション

 沙羅は、多崎つくるが巡礼によって自ら真実をつかむことを望んでいたと思われます。彼が真実をつかんでおらず、つくるが何も聞いてもいないのに、沙羅からいきなり告白してもその告白は彼女の嘘と自己弁護にまみれたものになってしまうでしょう。できれば多崎つくるが自ら真実をつかみ、自分の視点で事件を把握してもらう必要がありました。

 沙羅はそのために、スペシャルヒントまで用意します。青山につくるが行ったときに沙羅が父親(22.沙羅と一緒に歩いていた男性は誰?参照)(未読でしたら以下を読む前に必ずご覧願います。)といちゃいちゃして、多崎つくるの目の前を通り過ぎたのはわざとです。鈍感つくる君じゃあるいまいし、目の前を通り過ぎてつくる君に気づかない訳がありません。彼女はこの行為で真犯人をつくる君に紹介したのです。そして彼に関心を持つように誘導したのです。

 もし、このヒントに多崎つくる君が、持ち前の選択的鈍感を発揮してスルーした場合はどうなるか?彼女はしばらく他のヒントをそれとなくいくつか出してみるでしょう。しかし、クロへの巡礼でこの巡礼の旅は終わったと思っているつくる君は他のヒントもおそらくスルーします。本当は、巡礼は終わっていないのです。クロへの巡礼で多崎つくるは、シロは狂言ではなく本当にレイプされたことを知り、またフィンランドへ行く前にシロが殺された状況について調べました。この次に多崎つくるが目指すべき巡礼は、彼女をレイプし、殺した犯人を突き止め、犯人と対決することなのです。ところが、つくる君はクロへの巡礼で全て謎は解けたと思い、巡礼の旅を途中で終えようとしています。「男の人」に多崎つくるが関心を持つことによりこの巡礼の途中放棄は(沙羅によって)軌道修正されますが、多崎つくるが「男の人」をスルーした場合は、巡礼は途中放棄されます。

 真実を追求しようとしない(つまり以前と変わらない)多崎つくる君を見て沙羅は失望します。この人は私を断罪してくれる人ではない、と。そして彼から離れることを決めます。それでも数ヶ月は表面的には現状と変わらない付き合いが平穏に続くのでしょう。しかし、沙羅は準備をして、ある日忽然と彼の前から姿を消します。灰田のように。ある日突然、全ての痕跡を消して自分の前から沙羅が消えたことを知り、つくるは愕然とします。また1人、なんの理由も知らせず自分の前から大切な人が消えてしまったことに彼は深く絶望するでしょう。本当は、ヒントは何度も何度も多崎つくるに提示されていたのに。真実から目を背け現状維持に逃げる多崎つくるへの罰です。そうやって、今後も多崎つくるは失い続ける人生を続けるのでしょう。

 

27.二人の結末は?③

今まで、人間関係の綻びの前兆が見えても選択的鈍感を発揮して、真実から目を背けるのが多崎つくるの人生でした。その行為によってしばらくは現状は維持されますが、根本的な問題が解決していない以上、やがては崩壊するのです。しかし、今回多崎つくるは真実を求めれば二人の仲が破局する可能性を理解しつつ、あえて真実を求める道を選びました。これが、彼が巡礼によって得た「成長」なのです。この行為によって2人の仲が破局しようと、真実から目を背ける人生を選ぶことは、今後も多崎つくるが大切な人間を失い続け、自分を損ない続ける人生を選択することになるのです。

彼が「男の人」の話をしたことで否応がなく、彼は「根源的な悪」である「男の人」と直接対決しなければいければいけないでしょう。水曜日が来たとき、彼の前に現れるのはもしかしたら沙羅ではなく「根源的な悪」である「彼」なのかもしれません。(私はこれまで想定された最終章は沙羅の「告白」だと考えていましたが、もしかしたら「根源的な悪」との対決なのかもしれません)。多崎つくるは「彼」と対決しなければいけません。その時が来たのです。この対決は、つくるの身の安全をはかるなら本当は避けるべきことでしょう。もし、つくるが20歳の頃に「根源的な悪」と直接対決したら、いとも簡単に破滅されてしまっていたでしょう。しかし16年の歳月が流れ、つくるは悪と直接向き合えるだけ成長しました。立ち向かうなら今です。これが最終決戦です。

 

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