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「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」は推理小説である。(感想・考察・謎解き)  (ネタバレあり)

「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」(村上春樹)の謎解き。事件の真相・犯人を推理し、特定します。

「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」は推理小説である。⑭

(目次に戻る)(初めてこのブログに来られた方は、まず目次をご覧ください。)

激しくネタバレしています。ご注意願います。村上春樹の他の著作(「ノルウェイの森」)への言及もあります。

 

 今回で最後です。

 

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28.なぜ、村上春樹は結論を書かない?

29.「ノルウェイの森」のレイコさんを破滅させたあの女の子は一体何だったのか?

30.終わりに~「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」は推理小説である。

 

28.なぜ、村上春樹は結論を書かない?

第1に村上春樹はもともと結末をすっきり書くような作家ではないからです。これは一般的な理由。この小説では、もうつ理由があると思われます。 

第2にこの小説のテーマは3.(ここ参照)で書いたように「レイコさんを破滅させたあの女の子は一体何だったのか?」です。この問題を村上春樹は長い年月を重ね考えやっと結論を出しました。その結論を読者が数時間で消費しちゃうのは、あまりにも、何というかひどいと思ったのでしょう。村上春樹としては「読者もちょっとは考えてみてね。」というつもりなのかも知れません。

第3に沙羅の「告白」(24.参照)のエピソードを入れてしまうと、この小説の最後は生々しく凄惨なものになるでしょう。多崎つくるは再び絶望の底へ突き落とされます。また、2人はおそらく破局します。(クロの忠告を破ったことで暗示されています。)こんな夢も希望もない結末を見せられても読者は後味悪いでしょう。世の中には後味の悪い小説を書くことを売りにしている作家もいますが、村上春樹はそうした作家ではありません。読者の読後感を最悪にしないため、あえて最後のエピソードを村上春樹は削ったと思われます。

 

29.「ノルウェイの森」のレイコさんを破滅させたあの女の子は一体何だったのか?

 彼女には「悪霊」がとりついていたのです。つまり性的虐待は実際にあったのです。告発した相手をレイコさんにしただけです。(直接レイコさんを告発した事件が狂言なのか、実際に何か事件があったのを加害者役を変えて再現したものかどうかは分かりません。「ノルウェイの森」では狂言にしか見えませんが、原話はどうなっているのか分からない以上コメントは保留します。ここで言いたいのは背景に本当に性的虐待はあり、虐待する人間が実在したということです。)「根源的な悪」は彼女ではなく別にいます。それは彼女の両親のどちらかです。見知らぬ変質者に突発的に性的暴行を受けた訳ではありません。日常的に彼女は性的虐待を受けていたのです。そうでなければあんなテクニックを身につけているわけがありません。

 なぜ、彼女は告発の対象をレイコさんにしたのか?彼女は別に親のことをレイコさんに告発して欲しかったのではなく、自分が日常的に受けている性的な虐待を何か意味のある価値のあるものと思いたかったのだと思います。それで、好きなレイコさんにそれを行うことで、その意味や価値を認めて欲しかった。ところが、それを拒絶され、恨みに思って悪意に変わったのです。「この子も犠牲者の一人なんだってね。」とレイコさんは言いました。レイコさんの言っている意味とは違うと思いますが、まさに彼女は犠牲者なのです。

この項を書くにあたり「ノルウェイの森」を読み直しましたが上記の解釈は得られませんでした。これは当たり前です。話を聞いた時点での村上春樹は「ノルウェイの森」では彼女を「根源的な悪あるいは病」に近いものとして解釈し、その解釈に沿って描写しています。今回の小説で解釈は改められたのです。

村上春樹が解釈を改めたと思われる根拠はシロが狂言ではなく、本当にレイプされ妊娠した描写によるものです。彼は女の子の背景にも本当の暴力と本当の犯人が存在したことに思い当ったのです。

 

30.終わりに~「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」は推理小説である。

  村上春樹の作風を知る読者の方の中にはこの小説が推理小説であることを否定し、「どうせ、犯人は出す気ないんでしょ」「シロは理不尽な暴力のメタファーに殺されたんでしょ」と思う方もいらっしゃるかと思います。彼の他の小説の謎解きをしたことがないので、他の小説のことは分かりませんが、この小説に限っては違います。なぜなら、この小説は長年真実から目を背けてきた多崎つくるが、人生の半ばを迎えるにあたって真実を求めて巡礼に旅立ち答えを得る小説だからです。読者の我々も真実を求めれば答えは与えられるはず、です。またこの小説が「リアリズム小説」であることも忘れてはいけません。

 ここまでの推理が正しいとは限りません。多くの部分を想像(妄想?)で補っています。もっと正しい解があるのかもしれません。皆様も推理していただければと思います。

 

(お読みいただきありがとうございます。もし、よろしければ感想などありましたら、コメント欄にコメントしていただけると嬉しいです。)