「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」は推理小説である。(感想・考察・謎解き)  (ネタバレあり)

「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」(村上春樹)の謎解き。事件の真相・犯人を推理し、特定します。

「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」は推理小説である。③

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*激しくネタバレしています。ご注意願います。

 

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5.多崎つくると選択的鈍感

6.アオ・・・健全なグループ、断罪者

 

5.多崎つくると選択的鈍感

 この小説を読むと分かると思いますが、多崎つくるは非常に(致命的なくらい)鈍感です。しかも、この鈍感さはいわゆる天然というのとはまた違います。彼は、人間関係に何か綻びが発生しかかるとそれを見て見ぬ振りをして、現在の状況を引き伸ばしたいが故に意識的に鈍感であることを選択するのです。これは彼の大きな欠点であり、まさにこの選択的鈍感が彼を窮地に追い込んでいるような気もするのですが、一方で、実際には内部で色々な歪みがあったと思われる彼らの学生グループがまがりなりにも高校時代は破綻しなかったのは、もしかして彼の鈍感さによって続いたものだとは言えなくもないのかもしれません。

 推理小説的に言うならば、彼は鈍感すぎて、彼の観察は事物の観察の役には立ちますが、他人の心理の観察については全く役に立ちません。また、彼の考察も的はずれな可能性があります。例えば、多崎つくるが「彼は昨日と全く変わらない様子だった」と観察しても、その観察は全く役にたっていないということです。彼は探偵としては失格です。この小説は多崎つくるというカメラを通して読者は情報を得なければいけませんので、推理小説としては大きなハンデです。

 

6.アオ・・・健全なグループ、断罪者

 登場人物を個別に見ていきましょう。まず、アオこと青海悦男ですが、彼の役回りは2つあります。まず、彼は典型的な「単純な頭のスポーツマン」です。あまりにも典型的過ぎて特徴がありませんが、彼にはグループで重要な役割がありました。小説を読むと分かりますが、アカ、クロ、つくるともに微妙な歪みを実際には抱えており、シロにいたっては大きな歪みを抱えています。こうした彼らが仮に4人グループで集っても、この微妙な歪みがやがて問題を引き起こし、すぐにバラバラになってしまったかもしれません。グループの中に彼のような単純明快な人物がいることで、グループのメンバーは、彼を見て「ああ、我々は健全なグループにいるのだ」という気分になれ、高校時代はグループが続いたのだと思われます。

 

 もう1つは、つくるを断罪し、追放する役割です。彼以外のアカ、クロともにシロの言っていることが嘘だと見抜いていたと思われます。(アカは特に嘘だと思ったとは言っていませんが、頭脳明晰とされる彼がシロのつじつまの合わない話を信じたとは思えません。「信じないわけにはいかなかった。」というのも、つくる本人を目の前にした苦しい言い訳です。)その中で唯一、単純な頭であるが故に、シロの言うことにもなんらかの真実があったのだろうと思った人物がアオです。実際彼はつくるに再会するまで、つくるとシロは性的関係にあったと思っていたわけです。シロの言うことが嘘だと分かっているクロとアカは彼を断罪するような電話はかけられないし、もし仮に電話したとしてもかなり不自然な電話になりますので、いかに鈍感なつくる君でも何かおかしいと気づいたでしょう。彼を断罪する電話は、シロの言うことを素直に信じたアオにしか出来ないのです。

 

 彼は犯人か?推理小説では、一番怪しくない人物が犯人であるというパターンがありますので、犯人リストに入れてもよさそうですが、彼の単純明快な性格を小説の最後まで覆す要因は出てきませんし、彼が犯人であることを示唆するものは何も出てきませんので、彼は犯人ではありません。

 

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